第四章 目指せ坊主岩!

2.パワー炸裂『ラッセル団長』!

 1996年9月3日夜、王滝村下黒沢停車場跡では翌日に迫った作戦の決行に備え、入念な打ち合わせと併行して最終チェックが行われていた。助六へアタックする3台のマシンは静かに闇夜の中で明朝のエンジン始動を待っている。明日の晴天を予感させる月明かりの中、目の前に浮かび上がるのは、美味い酒と肴であった。

Tちゃん「ただの宴会じゃないですか!」
S藤「当たり前じゃ!こんな楽しい夜に酒を飲まずにいられますか!ってんだ!」
T「確かにその通り。飲みましょう!」

 しかし、団長のペースは遅かった。何か物想いに耽っているかのように、静かにゆっくり飲んでいる。一体どうしたというのか?
 しこたま飲んで我々ふたりが眠ろうとする頃、団長の様子が一変したのであった。缶をあけるペースが急に早くなった。オッサン、スロースターターだったのである。しかし我々はオッサンに構わず眠った。

オッサン「付き合わんかい!」

 Tちゃんは仕事柄、早寝であった。私も疲れで瞼が重い。
 9月4日、天候晴れ、絶好のツーリング日和である。早々に準備を済ませ出発だ。下黒沢橋梁を渡り濁川線跡をトレースするように一気に林道を駆け登る。あっと言う間の氷ヶ瀬ゲートは開いていた。一気に突入だ!
 鯎川林道は相変わらずの悪路であった。ダートにもだいぶ慣れてきたが、流石にオッサンのバイクには敵わない。海外ツーリングの経験もある団長の後ろを懸命に着いて行くが、やはり腕以上に250ccのオフ用バイクと50ccの出前用バイクのスペック差は歴然だ。途中、あまり寄り道もしないので早く助六まで来たつもりだが、それでも所要時間は1時間弱もかかっていた。前回も感じたが林道と軌道跡の交差部は鯎川に架かる林道の橋、「助六橋」という目印がなければ気付かずに通り過ぎてしまいそうだ。今回はバイクの運転に熱中していたので、先頭で走っていた団長のバイクが何故停まったのか分からなかった程だ。交差部の僅かなスペースにバイクを置いて軌道跡に入った。
 軌道跡は草が生えているが人が歩いて通れるくらいの幅の道が続いている。例の木橋に向かう。川に沿って微妙に緩やかなカーブを繰り返し、短い木橋を何度か渡ると少し広い平地に出る。木橋は崩れずに架かっていた。少し揺れる橋を二人に続いて渡ってみたがやはり怖い。向こう側の『熊出没注意』の看板の所ですぐに折り返して再び橋を渡り直して元に戻り一呼吸置いた。いよいよ藪に突入である。
 藪が高く行く手が見えない。熊は危険なので、万一に備え独身の団長を先頭に、妻子持ちのTちゃんと私は後に続いた。

オ「コラッ、俺は一体何なんだ!団長だぞ!少しは先輩を敬う心を持たんかい!発言者の名前も『オッサン』になってるし!」
T「失礼しました団長!訂正させておきますんでお先にどうぞ。」
団「やっぱり俺が先頭かい!」

 しかし、この並びが正解であったことはすぐに思い知らされたのであった。団長が藪の中を進み出した。威勢良く藪を払う音が助六谷に響く。団長がつけた轍を後から続くが意外と団長のペースが早い。パワー炸裂、まさに『ラッセル団長』だ!これでは熊も逃げ出しそうな勢いだ。行方を見失いそうなくらいの快進撃に時折団長の後ろ姿が見えなくなるが、藪を払う音と前方で揺れる藪の先端を頼りに追いかける。藪漕ぎを10分くらい続けただろうか?次第に藪の背丈が低くなり何となく軌道跡らしさが見えて来た。足元を見ると地面の感じが軌道跡のようになっている。 尚、この日以来、団長は名前の前に『ラッセル』をつけて呼ばれるようになり、悪路の先頭に立たされる事が多くなったのは言うまでもない。

ラッセル「まったく、年長者を何だとおもってるんだよ!また発言者の名前が変わってるし!」
S・T「いやあ、一応敬意を込めてみました。」
ラ「どこがじゃ!」

 ラッセル…、いや、団長のお陰で強力な藪も難なく抜けて、徐々に歩きやすくなった軌道を歩いてひとつ気が付いた。何と藪を抜けた後は軌道跡が歩きやすいように藪が刈られ整備されているではないか!と言うことは…、軌道跡に立入りし難いように敢えて導入部の藪を残しているのではないだろうか?誰が歩くのか分からないが軌道跡の草は確実に刈られている。とは言え、落石が多く助六付近よりは歩き難い感じはする。
 軌道跡を歩き始めて間もなく、我々は鯎川線(坊主岩より上流部なので正式名称は助六線か?)の素晴らしさを感じるのである。崖にへばりつくように敷設された軌道は鯎川の流れに沿って左右にカーブを繰り返しながら大鹿へ向かって下って行く。たくさんの小さな木橋、切通風のカーブ、林鉄時代の標識類などが次々に現れて全く飽きない。そして細い軌道跡の下には光の加減で鮮やかにエメラルドグリーンやオーシャンブルーに輝き流れる鯎川を見ることができる。廃止になる前に来ることが出来たならどんなに素晴らしい光景であったのだろうか?

   鯎川線はたくさんの木橋がある。

  
 
  
 

 やや長めの木橋を渡ると向うにトンネルの坑口が見える。ここを抜けると見せ場のひとつ、中の沢橋梁が現れる。暗いトンネルを抜けるとイキナリ鉄橋になるスリリングなポイントだ。鯎川線の中では最大級の橋梁で数少ない鉄橋のひとつでもある。谷底から、かなりの高さがあるので渡るのには少々勇気が必要だ。鉄橋の上には枕木が敷かれて、その上に通路用の板がしっかり固定され、両側にはロープが張ってあるのだが、このロープがユラユラしていてかえって怖い。掴まらない方が恐怖心がない。渡りきったところで一息おいた。助六からここまで2km足らずだが1時間くらいかかっている。

   意外と数少ないトンネル。
  抜けるとそこには鯎川線最大の鉄橋があった!

 再び軌道跡を歩き始めた。相変わらず鯎川の流れに合わせて軌道跡も大きく蛇行する。谷の向う側に、これから進む軌道跡が見える。深く切れ込んだ谷に沿って軌道跡も谷筋に向かって切れ込み、谷筋で折り返した軌道跡は今度は尾根筋に向かって行く。 軌道跡がやや細くなってきた。短い木橋も多くなる。地形が険しくなっているようだ。そして尾根筋に沿ってゆっくりと大きく左へカーブした木橋を曲がった次の瞬間、軌道跡の正面に見事な滝が現れた。鯎川線最大の見せ場、「樽ヶ沢」だ。鯎川線の紹介では必ずと言ってよい程、登場する絶景ポイントである。その見覚えのある景色が突然、目に飛び込んできたのである。

  『木曽谷の森林鉄道』p213と見比べて下さい。

 滝の流れ落ち方と岩肌に沿う軌道跡のカーブした木橋、滝の前に架かる橋。何とも芸術的ではないか!

  樽ヶ沢の水飛沫がかかるくらい近くを通る。

 樽ヶ沢の滝の前まで来た。滝を見上げてみた。今までいくつかの廃線跡を歩いたがこんなに素晴らしい廃線跡は無かったと思う。ここまで来られただけでも幸せな気分であった。暫し呆然と滝を眺めた後、団長に続いて再び歩き始めた。
 しかし、樽ヶ沢から歩いて間もなく軌道跡は土砂崩れで埋もれて行く手を阻まれてしまった。坊主岩まではあと数百メートルぐらいではなかろうか。どうも樽ヶ沢を過ぎたあたりから軌道跡の手入れが悪くなってきたなと感じていた。土砂崩れの手前には軌道跡から下方へ逸れる僅かな歩道のような道も確認した。その道は軌道跡から見た感じでは抜けられるかどうか微妙な感じではあったが、もし抜けられるとすれば坊主岩から上がったあたりのヘアピンカーブ付近に出られるのではないだろうか?

  土砂崩れで軌道跡が埋まっていた。越える為にハシゴが掛けられているが崩落の危険。

 土砂崩れの部分は一時は乗り越えるようになっていた痕跡が残っているが、今では、その乗り越える導入部の足元がはるか下の谷の方まで崩れていて、上がったはいいが、戻る時には着地する部分が極めて小さく大変危険である。一応、独身の団長が土砂崩れの上へ上がってみた。坊主岩上部のトンネルが近いはずだ。団長に見てもらったがトンネルらしきものは見えないという。まだ行けそうとのことだが、昼食と休憩と戻りの時間を考慮すると、そろそろ引き上げ時か…。団長が無事に軌道跡に戻った事を確認して樽ヶ沢まで戻った。ここで昼食をとることにした。軌道跡から沢まで降りた。早速、湯沸し作業にとりかかる。団長は持参した釣り竿を出して岩場からOut Door誌に出ていた巨大岩魚を狙っている。その間にTちゃん特製うな丼が出来上がり!と言っても鍋に湯を沸かしてパックのご飯と鰻を温めるだけのお手軽うな丼である。しかし、美味い!尚、団長の竿にあたりは無かった。

   樽ヶ沢に降りて橋を見上げる。意外と弱そうに見えたりする…。

 昼食を済ませて軌道跡まで岩場をよじ登り、助六へ向けて歩き出した。カーブした木橋を歩きながら何度も樽ヶ沢を振り返った。本当にまた来たいと思った。

 
  何度見ても美しい光景だ。

  本当に『落石注意』を実感できる。『警笛鳴らせ』はモチロン森林鉄道用です。

  対岸の森に吸い込まれるように消えていく軌道…。

 軌道跡を歩き切って鯎川林道まで来た。すぐ傍にある助六橋から河原に下りる。今度は助六の先にある橋の先で行き止まりになっている作業軌道跡を川から探ってみる作戦だ。しかし橋をくぐって上流へ向けて進んでみたが、すぐ先で滝にぶつかり行く手を阻まれた。

  助六奥の作業軌道の橋を下から見たショット。写真のすぐ左で行き止まり。

T「それにしても今回は写真満載の力作ですね。」
S「たまにはサービスせんとね。鯎川線跡はなかなか見る機会がないやんか。若干危険は伴うけど美しい所や。」
T「ところで、ひとこと言わせてもらっていいですか?」
S「何じゃ?」
T「タイトルに『目指せ坊主岩!』って書いてある割りに、坊主岩まで行ってませんよね…。」
S「何、言うとんじゃ!よく読んでからモノを言わんかい!」
T「まさか岩場での岩魚釣りがボウズで『ボウズ岩』でした、なんて最低のオチじゃないでしょうね?!」
S「…………」
T「何とですかあ〜〜〜〜〜」

  

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