■謎の海軍軌道跡を探れ!

 田浦と言われて、真っ先に相模運輸倉庫を思い浮かべるのは普通の鉄チャン?であるが、このHPを訪れる人にはチョット立派すぎるのではないだろうか?そこで今回は京急田浦駅から歩いて約10分の所にあるこの軌道跡をご紹介したい。
 ここは以前、鉄道雑誌に紹介された事があるのだが、マガジンだったかピクトリアルだったか?忘れてしまった。ただ、急カーブの軌道と横須賀の船越町という記憶だけは残っていたので地図で当たりをつけて訪れてみたのである。船越町で怪しい所…、住宅や商店の多い山側ではなく、やはり工場が多い海側であろう…、となるとかなり区域が限定してくる。京急田浦駅からR16をJR田浦駅方面へ進み道路が蛇行するするあたりの左手に工場がある。狙いはココだ!
 R16沿いの消防署の所を左折した。左側の東芝系工場は古い建物で怪しげではあるが塀に囲まれて中には入れない。すぐに長浦港の海が見えてくる。丁字路で右手を見るとセメント工場のベルトコンベアーと「横須賀工作所」と書かれた造船所らしい古いガントリークレーンが目に入った。嗅覚はこっちに足を向けさせた。一見、立入禁止のような感じではあったが入れる所まで行ってみよう。すると、すぐに道路のアスファルトの亀裂からレールが頭を覗かせていたのであった。
 最初にここを訪れたのは雑記帖に記したが今年の5月28日であったが、軌道の怪しさに惹かれて梅雨の切れ間に再訪した。
 セメント工場のベルトコンベアー手前から軌道が現れ、護岸に沿って突端までほぼ一直線に敷設されている。所々、アスファルトに埋もれてしまっているが、前後の位置関係や亀裂などから推測可能だ。一部の区間では複線になったり、途中から枝線が分かれていた痕跡などを確認しながら進む。途中から分岐する枝線はすぐに途切れて痕跡が消えてしまうが、曲線半径は10メートルに満たない、極めて小さいのは明確だ。かつて鉄道誌に掲載されたのはここで間違いない。ガントリークレーンがある所は「横須賀造修補給所」という施設だ。どうやら海上自衛隊が管理する施設らしい。近くに灰色の船が何隻か停泊している。この部分は複線になっていた痕跡が確認できる。
 再び単線に戻り、枝線の分岐がある。ここも急カーブで分岐するがすぐに痕跡は消えてしまう。
 本線軌道の最奥には倉庫らしき建物が残っている。ここは日立系の会社が管理しているようだ。守衛小屋があるが進入OKである。この倉庫前には本線と90度クロスする枝線が残っていた。これが文頭の写真である。写真中央の左右に横切るのが本線だ。護岸にはホイストの台座らしきモノが残る。枝線は護岸から倉庫の入口まで残存していて、本線とは急カーブで結ばれていたのが推測できる。倉庫の中は床が綺麗に舗装されてしまい残念ながら痕跡は残っていなかったが、この枝線だけが唯一確認できる。この先で本線のレールは撤去されているが、突堤の手前で再び姿を現し突堤の先端近くまで延びているが先端部は立入禁止になっていた。
 本線の全長は約300mで枝線は3箇所確認できた。途中の施設は一部取り壊されてしまい枝線の軌道は確認が困難である。
 帰宅後ネットで、このあたりの施設を調べてみると、詳細は分からないが「旧海軍工廠造兵部」や「旧海軍工廠水雷工場」などの施設名がヒットする。自衛隊施設は海軍施設を引き継いだものであった。軌道については全く当りがなく詳細不明である。また、軌道跡の延長線上にある東芝系の工場も古いもので軍関連の施設だった可能性が高いが、完全立入禁止の為、中の様子は全く調査できなかった。
 とりあえず軌道は旧海軍工場のものであった事は間違いない。軌間1067mm(現地実測値は1090mm)でレールも国鉄の側線レベルの太さのものを使用しているが旧国鉄と接点はなく独立した軌道の可能性が高いようだ。軍事工場という事で資料が少ないが、恐らく重量物も運んだであろうと思われるので何かしらの動力車があった可能性は否定できないが、枝線の急カーブは動力車が通過できるとは考え難い。
 ほぼ全線調査可能なシンプルな軌道跡であるが全容解明まではまだまだ奥が深い軌道跡である。

《データ》
■横須賀造修補給所・日立エンジニアリング [廃線]

◇横須賀市船越町1-284-1◇京急田浦 歩10
◇残存区間:長浦港護岸◇残存距離:約0.3km◇軌間:1067mm◇動力:不明◇敷設日:不明◇廃止日:不明


[調査日:2010.07.01]


inserted by FC2 system